渓谷まで歩いてきたら、俺達を心配して捜索に来た討伐隊の面々と会った。
「ご無事で!」
 口々に俺達の無事を喜んでくれる。
かつては盗賊のアジトだった屋敷で簡単な食事を取りながら話す。
「心配しましたよ。一週間も連絡が取れないんですから。」
「「「「「え?」」」」」
 一晩での出来事じゃ無かったのか……?
いや、体感というかどう考えても一週間も居た覚えは無い。
「一週間も経ってたのか?」
「え、ええ……。討伐隊の皆も戻ってきたし、盗賊も無事に警備兵に引き渡しましたのが、今から一週間ほど前です……けど?」
 俺達の様子に不思議そうな顔をする。
考えれば考えるほど考えがまとまらない。
「俺達は童話の世界にでも行ってたのかもしれないな。」
「あらー。」
 コーヒーを飲んでいるラビットが声を上げる。
「なんだよ。」
「随分と可愛いこと言うのねぇ。」
 ……。
見ればキカ達もにやにやしている。……言うんじゃなかった。
「とりあえず、屋敷でゆっくりと休んでください。」
 卿の言葉で俺達は街へと戻った。

 それから三日が経った。
「あれ、ラビットさんは?」
 レオンが最初に気付いた。
「そういえば……どこ行ったんだ?」
「部屋じゃないんですか?」
 キカが興味無さそうに呟く。
「まったく……。飯の時間だってのにアイツは。」
 俺は席を立ち、
「呼んでくる、先に食っててくれ。」
「ユイン様が行かなくても。」
 立とうとするキカの肩を抑えて、
「いいから、お前は食ってろよ。」
 食堂を出てラビットの部屋へと向かう。
「一人でいいって言っただろ?」
「ま、いいじゃないですか。」
 レオンがついて来た。
 長い廊下を歩き、立派な階段を上りラビットの部屋に向かう。
「おい。」
 ノックしても返事は無い。寝てるのか?
何度かノックしても返事はない。
こうしていても埒が明かないので、ノブに手をかけ、
「おい、入るぞ!」
 ドアを開ける。
 室内の内装はどの部屋も同じでおかしな所はない。
しかし、俺達の部屋と違うのは生活感が無い。
「あれ……いないのかな?」
 レオンが俺の後に入ってくる。
シャワーかと思ってレオンが見に行くが、首を振る。
「何処いったんだ?」
 窓の外を見ても居ない。
「ん?」
 サイドテーブルにメモ用紙があり、そこには、
『またね。』
 とだけ書かれていた。
「アイツ……。」
 窓の外を見る。空が徐々に暗くなり始めている。
レオンもメモを見て、
「また会えますよね……きっと。」
 そう言うレオンの頭に手を乗せる。

 翌朝。
そろそろ旅を再開しようかと考えてた所にキカが慌ててやってくる。
「ユ、ユイン様!」
 その手にはくしゃくしゃになった新聞が握られている。
「お、王が……。」
 王……父上に何が!?
キカが持つ新聞を奪い、そこに書かれた文字に心臓が凍った。
『メルカ=グリネ王崩御』
 意識が飛ぶ。
どれだけの間そうしていたのだろうか……気付いたらソファに座っていた。
「ユイン様、急ぎ王都に戻りましょう。」
 キカが声を掛けてくれるが……。
俺は答える事が出来なかった。
そのまま卿に別れを告げ街を出た。

 イルナツエイブから海路で王都<ランシェルノ>に戻ってきた。
港は賑わっているがどこか余所余所しさを感じさせる。
「王子。」
 声のした方を見ると、
「シャルローネ……。」
 深々と頭を下げるキカの姉。
その顔は疲労を滲ませている。
「お待ちしておりました。皆様がお待ちです。こちらへ。」
 シャルローネの後へと続いていく。 
通りに人通りは無く、店も開店はしているが人は居ない。
その通りの向こうに見えるのが、王城<グリューストレイン>。
 門を守る衛兵が敬礼で俺達を迎え入れ、そのまま大広間を通り抜け、父王が眠る部屋へと向かう。

 王城内にある大きな聖堂。中は薄暗く天井は高く空気はひんやりと冷たい。
父王は安らかな顔で今にも起きそうな、そんな顔。
見つめていると視界が揺らぐ。それが涙だと気付いて、何度も拭うが視界が歪み……。
俺は父王の手を握り声を出して泣いた……。

 大会議室には大きな円卓があり、そこにはシルバ卿や政経軍の大物が座っている。
「ユイン、こちらへ。」
 俺を呼ぶのはラトーラ姉さん。その横に座り、円卓を見る。
そこは勢力図を縮小したような光景があった。
一番上の兄<ナッシュバール>側に座っているのは主に軍部に属する人間。
ナッシュ兄さんの対面には<エライオン>兄さん。
エライオン兄さんの側には経済界の重鎮と呼ばれている面々がいる。
「ユイン、遅かったじゃないか。」
 ナッシュ兄さんの声が俺の心に突き刺さる。
「仕方ないでしょう。崩御は急だったし父の指示に従って国を回ってたんだから。」
「しかし、最後に一目と仰ってたんだぞ。」
 その言葉に顔を伏せる。
「ふん。」
 ナッシュ兄さんは鼻を鳴らし腕を組む。
「で、今後どうするか、と言うことだが。」
「今度、と言うと?」
 エライオン兄さんが尋ねる。
ナッシュバール兄さんはテーブルに腕を置いて、じっとエライオン兄さんを見返して、
「次の王位は誰なのか、ということだ。」
「まだ葬儀も終わってないのですよ、ナッシュバール王子。」
 シルバ卿が諌める。
シルバ卿の言葉にナッシュ兄さんは黙りる。
沈黙する室内。
俺はただ俯いて誰かが喋る声を聞いているだけだった。

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